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(75)ショコラ 君がいて、僕がいる/磨くべきはピエロ芸??


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参照:ショコラ 君がいて、僕がいる : フォトギャラリー 画像 - 映画.com

 

ショコラ 君がいて、僕がいる

1897年から始まるフランスで実際に活躍したピエロ・フティットと黒人芸人・ショコラのお話。

当時、白人世界だったフランスで初めて活躍した黒人芸人ショコラ。それだけで題材としてはおもしろくなりそうなんですが、、、フランスの旧時代にあった人種差別、ショコラという人物像、フティットがなぜショコラを選んだのか、二人で行う芸へのこだわり、芸への工夫、生活様式、成功後の暮らし方の理由などなどと、描ける点はたくさんありそうなのですが、正直どれも描かれているようで描かれていなかった。

こういうストーリーにするなら、ショコラとフティットの二人に焦点をもっともっと絞ってもよかったんじゃなかろうか。特にフティットの人間性が全く描かれていない。なぜショコラにこだわるのか。黒人だから?それならショコラを道具としてとらえているのか?いやいや、そんな事は無いはず。フティットにも葛藤はあったはず。相棒としてのショコラを守るのは一人の人間として、相方として認めているから。牢獄に迎えに行く姿からもそんな一面は垣間見えます。

一方の差別されるネタを笑いに変えて豪遊するショコラも、そのストレスを酒やギャンブルに変えていたのかと思いきや、実はギャンブル・豪遊が好きなだけだったようにも見える。今まで持ったことがなかったマニーを手に入れ、気が大きくなって豪遊するショコラ。諭すフティット。サブタイトルにある、この二人の関係性って?支え合っているようには見えない。新ネタの打ち合わせをしようとするフティットからは向上心は観られた。ショコラをただ単なる、自業自得芸人に描きたいのか?

そして、二人がショコラのケツを蹴る芸しかしていなかったようにフォーカスするこの脚本は、ちょっとモデルとなった二人にリスペクトが感じられない。二人の芸が映画の中(100年前のフランス)では受けてるんですけど、正直全然おもしろくない。その時代に生きる人だけが笑えるのかと最初は割り切ってみてましたが、やっぱりそこが一番の致命傷だったと思います。

はっきりいって、最後に流れる映画の元ネタになったホンモノの二人のモノクロフィルムの芸が一番面白かった。全然お尻蹴るだけの芸じゃないやん。

それにつきます。

 

点数:62点